2017.02.26

海にギターを預けてきました。『海からの電話』


『海からの電話』

音楽学校の学生、松原さんはギターを持って海に行きました。
誰ひとりいない海辺の砂浜に買ったばかりのギターを置いて、
ほんの少し、たった五分か十分昼寝をしたのです。
はっと目を覚ますと、もうギターは壊れていました。
ギターの弦、六本すべてが切れていたのです。

「だれだ!こんなことをしたのは」
誰もいないはずの海辺で松原さんは大声で怒鳴りました。
すると、思いがけず近くから、小さな声が聞こえました。
「ごめんなさい」

そして、あとからあとから沢山の声になっていったのです。
「ちょっと触ってみただけなんです」
「壊すつもりなんかひとっつもなかったんです」
「僕たちも音楽をやってみたかったんです」

砂の上をよくよく探してみると、それは沢山の小さなカニたちでした。



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安房さんの作品には楽器がよく出てきます。

オルガンやトランペット、バイオリンやハーモニカなんかも。
そして、時には歌を歌っていたりもします。

安房さんが楽器をやっていたという記述は記憶にないのですが、
きっと音楽がお好きだったんだろうなと思うのです。

それから、これは何となく感じていたことなのですが、
安房さんの文章はリズム感があるなと思っていました。
人によって感じ方は様々だと思いますが。
うまく伝えられないのですが、声に出して読んでみると
その感覚は顕著に感じられて、読み進むのがなんだか楽しいのです。
「あ、コレコレこの感じ」っていう自分にしか分からない感覚なんですけれど。
そう思うと文章を書く事と音楽の繋がりは深いように思ったりもします。

安房さんご自身は言葉や文章のリズムを大切にして、
それを意識して書いていらしたのかなと思うときもありますが、
それは私の想像の範囲内で、今となっては知る由もありません。

昨日、2月25日は安房さんのご命日でした。
ご健在であったならどんな作品をお書きになっただろうと、
思わないこともありません。
でも、遺してくださった作品があります。
まだまだ知らない作品が沢山あって、それを読む楽しみがあります。

それに今まで読んだ作品も、読み返すと内容を知っているはずなのに
新たな感想や感動が生まれる時があります。
この感覚は文筆に限らず、音楽もそうだなと思ったりします。

新しい作品に触れられなくなったら、
いつか飽きてしまうのだろうかとか、
いつか忘れてしまうのだろうかと思ったこともありました。
でもそんなことは全くなくて、
何度読んだって、何度聴いたって感動が薄れることは無いのです。

作品に出会え、共感して惹かれたことに、ただ感謝しています。




2017.02.04

味の小人がくれた魔法と大切な約束『魔法をかけられた舌』


『魔法をかけられた舌』

突然の不幸で父さんのレストランを受け継いだ洋吉。
怠け者だった洋吉は評判だった父の味の秘密を知ることなく
ひとりぼっちになってしまいました。

「何もかもおしまいだ」そう思った時、
コックの身なりをした小人が立っていました。

それは食料品の倉庫になっている、地下室の番人をしている小人でした。

店を売ってしまおうかという洋吉に、たった一つ大切な約束を守ってくれるならと、
とびきりの魔法をかけてくれたのです。

小人がくれた魔法、それは失意の中にいた洋吉にとって希望の光でした。
これからは真面目に一所懸命に料理の勉強をして、
父さんが遺してくれたレストランを守っていくと誓ったはずでした。

しかし、魔法のおかげでいとも簡単に欲しいモノを手に入れてしまうと
父さんが遺してくれた味も、小人との大切な約束もすっかり忘れてしまったのです。

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洋吉は、努力をしなくてもあまりに思い通りにいってしまったために、
大切な小人との約束を忘れてしまったのですが、
忘れないと辛すぎて前に進めない出来事もあります。

そうは言っても完全に記憶の中から消すことは容易ではなくて。
辛かった思いは記憶の奥に隠れて見えなくなってしまうけれど、
ある時、本当に突然に、ぽっと蘇って来る時があります。
その時のことを思い出して、逃げ出したいくらい、
辛くて苦しい感情に戻されるときもあります。

でもその中には、ただ辛い思い出だけではないものもあるような気がします。
辛いことを乗り越えた時を思い出して、
今の自分を見つめ直すきっかけをくれる事もあります。

時には、懐かしく思い返すことも。

それは、きっと、とても難しいことなのだけれど、
憶えておかなくてはいけないこと、なのかもしれません。




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